唯は大きく目を見開き、「あ」と声を上げた。

「今、無加工カメラで撮った?」

「無加工カメラ?」

「ちょっと見せて……えー、肌汚いしかわいくない。しかも腕まくりしたから腕毛見えてる。最悪。私のスマホで撮ってよ。盛れるアプリ入ってるから」

「え、ぜんぜん肌汚くないよ? 普通だよ?」

「そういう話じゃないの」

 唯はトレーナーの両袖をさっと伸ばし、中学入学祝いに購入したスマホを取りに行った。カメラアプリを起動し、細かな設定を行ってから綾香に渡す。フィルターやスタンプのアイコンがずらりと並んだ情報量の多い画面に戸惑いつつ、綾香はふたたびポーズをとった唯にカメラのレンズを向けた。漠然と、肌が明るい、と思う。撮影ボタンをタップしても音は鳴らず、無音で画像が保存された。

 盛れるというカメラアプリを通じて撮影された唯は、肌がつるりとして血色がよく、心なしか目が大きくなっていた。鼻の横のニキビも目尻のほくろも、きれいさっぱり消えている。綾香はそれを見て、唯のような、唯ではないような、不思議な存在を見ている気分になった。

 唯は画像を確認し、「これならパパに送ってもいいよ」と軽く言って、綾香のスマホに画像を送信した。

 娘と向かい合ってダイニングテーブルにつき、ぶ厚い具材がこぼれないように慎重にサンドイッチを食べながら、綾香は静かに動揺していた。無加工カメラ。生まれたときからずっと、無加工カメラで娘を撮り続けてきたけれど、彼女にとってそれはだんだんいやなことになってきたのか。思春期がちょっと肌荒れするのは仕方なくない? そしてなにより――。

「腕の毛ってもう気になるもの? 早くない? ってかあなたの腕の毛なんて、ぱやっぱやの産毛みたいなものじゃん」

 衝撃をそのまま口にしてしまった。唯はいやそうに目を細め、母親を睨みつけた。

「早くない。すべすべの子、多いもん。ねー、夏が来る前に脱毛したい」

「だ、脱毛? 脱毛って、医療脱毛のこと?」

「うん。だってペールブルーなんて、男性なのに全員ムダ毛どころか、毛穴すらないんだよ? ペールブルーファンで、しかも女子なのに腕毛生やしてるのやばくない?」

 急に論点が拡散し、綾香は短く黙った。突っ込みたい部分が多すぎて混乱する。

「ペールブルーはアイドルだから、脱毛も仕事上の演出としてやっているだけだと思うけど……それに、ファンのいい悪いに腕毛は関係ないでしょう? ってか待って、どんな人にも毛穴はあるよ? あって当たり前のものだよ? あと、女子なのにって」

「えー」

 ペールブルーはほんとに毛穴ないもん、と不満を表明し、唯は足をばたつかせた。そしてもうこの話はしたくないとばかりに、横を向いてサンドイッチを食べ始める。

 ぼろぼろこぼれるからお皿の上で食べなさい、と注意し、綾香はそれ以上の小言をアイスコーヒーと一緒に飲み込んだ。

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