『不良』(著:北野武/集英社)

「新しい生活様式」とは何か

しかし、「新しい生活様式を」なんて、いきなり国に言われてもね。それを言ってるのがイヤイヤ人助けするような連中だから、「まず、お前らがやってみせろよ」としか言いようがない。逆に国民が国の理不尽に本気で怒ってみるのも、「新しい生活様式」なのかもしれないね。だって、優しすぎるもの。

いつから「優しさ」ってことに世間は価値を見出しちゃったんだろうね。本来なら優しさは素っ気なく見せるもんだったはず。今じゃ「ほら、親切だろ」って押しつけてみせるじゃない。みっともないよ。優しいってのは、本当に思う相手へ厳しく接することもあるんで、わかりにくいんだ。これみよがしの優しさに心動かされることを「ヤワになった」と思わないんじゃ、ダメだね。

俺は、感性から変えないと「新しい生活様式」とは言えないと思ってる。リモートだのステイホームだのは格好だけで、本質は変わらないんだもの。俺が最近思うのは、「野生」の感性ってものが日本からなくなりつつあるということ。新しく出した『不良』って小説で伝えたいことの一つは、その「野性」についてなのかもしれない。

作品に出てくるキーちゃんはワル。ジャングルの野獣みたいに、自分の知恵と力でトップを取るためなら殺し合いを望むタイプで、中学の入学式でいきなりケンカをふっかける。そういう「野性」を持ってる人間は馴れ合いばっかの社会から疎外されるよね。それを総じて市民社会が「不良」と呼ぶわけで……。

そんな「野性」を持ったキーちゃんにはモデルがいるんですよ。俺が通ってた足立区立第四中にいた、今では絶対に出会えないタイプの男でさ。ただケンカが強いだけじゃない。野球ならイチローとか大谷翔平、ボクシングならモハメド・アリみたいなクラスなんだよ。彼を見た瞬間に、伝説のアスリートを間近で見る思いがした。俺がどんなに頑張っても敵わないやつ。

だけど、彼は俺が大学生の頃にあっけなく死んじゃった。それからずっと、キーちゃんを描きたいと考えてきた。