香典の領収書

養老 東大は国立大学ですから、教官は国家公務員なんです。国家公務員の勤務に関するルールというのが決まっていて、でも、それに照らし合わせていくと、日常やってることが全部違反になる。だから、教育職はいわば例外扱いになってた。それが大学の事務方は気に食わないんだよね。

いちばんアホらしかったのは香典の領収書。解剖学だから、遺体を引き取りに行くでしょう。当然、お葬式にも出合っちゃうから、日本の常識として香典を出す。そうすると、「領収書をください」って言わなくちゃならない。今はお寺さんでも当たり前に香典に領収書を出すようになりましたけど、当時はそんな習慣がないから。

『“幸せ”よりも “居心地”のよい生き方』(著:養老孟司、高野利実/ビジネス社)

「お取り込み中、恐れ入りますが香典の領収書を」って言うと、本当にお取り込み中だから「じゃ、いりません」って話になる。でも、大学が用意した現金を持って帰るのは、もっと大変なことになる。それで、何とかしてくれって、僕の前任の助教授の先生が、事務方と大喧嘩してたんですよ。事務方のほうも、そういう問題にはアレルギーがあって触れたがらない。

それで僕はその話を東大の広報誌にエッセイとして書いたんです。そうしたら、そのときの総長が森亘さんで、森さんは病理の先生だから理解してくれた。結局、香典は主任教授と本部の会計のハンコがあれば、領収書はいらないということになった。それで楽になったけれど、その手のくだらない引っかかりが山ほどあったんです。正面切って喧嘩するとバカみたいなことになる。