当時、大きな支えになったのが公的支援です。下の子が16歳だったため、高校卒業まで月6万円の児童扶養手当(母子手当)が支給されました。この手当がなかったら、6万円超の家賃は到底払えなかったと思います。
住居費の負担を減らすべく都営団地の抽選にも申し込みましたが、困窮度合いの高い人が優先される「ポイント方式」で、わが家は80番目となり落選しました。
現状を詳細に伝えるべきだったと反省し、翌年は、高校生の娘2人がいる母子家庭であることや、アパートがボロボロなことまで記載。住宅局の人が実際に住まいの状況を調べに来てくれて、無事入居できることになりました。
入居時の家賃は、確か3万円ほどだったと記憶しています。都営団地の家賃は収入で決まり、一番高いときで3万5000円でした。建物は古く、私は物置のような三畳間で寝起きしていましたが、娘それぞれに六畳の部屋を与えられたので大満足。
離婚して都営団地に入居できたおかげで、なんとか生活を立て直したのです。