「自分にとって最大の幸運は、しっかり者の妻、理子と結婚したことかもしれません。」(石田さん)

苦境や逆境こそチャンスなんだ

中村 どうやって立ち直ったんですか。

石田 目の前にあることを一個ずつやるしかない。当時僕は、40代。もし将来復活することがあれば、何が必要だろうって考えたら、アクティブに動ける肉体と知識です。いまも毎日5キロのジョギングを欠かしませんが、時間はあまるほどあるので、体を鍛えて、ひたすら本を読んでいましたね。もともとポジティブ思考なんですけど、苦難や逆境こそチャンスなんだと自分に言い聞かせて、次の山を目指そうと思っていました。

中村 そのたくましさ、ぜひ見習いたいです。具体的に転機となったのは何ですか。

石田 それが実は、バラエティなんです。僕の世間的なイメージは最悪、もはや失うものはない。そんな状況でお呼びがかかったのが、ダウンタウンの浜田雅功さんがMCの番組です。クイズ形式だったんですけど、一問間違えたらパイをぶつけられる。ちょっと前までは堅いニュースを読んだり、トレンディ俳優としてライトを当てられてキャーキャー言われていたのが、パイで顔が真っ白です。漫画ですよね。

中村 そんなことやっていたんですか! 芸人さん顔負けの仕事ですね。

石田 ところが、こんな大変なことも、一所懸命にやっていたらなんだか面白いんですよ。当時は目の前の仕事をがんばろうと無我夢中だっただけなんですが。それまで格好つけていた僕の頭を、10歳ぐらい年下の浜ちゃんがバーンとはたいて大爆笑。浜ちゃんは番組上それをやっているだけで、素顔はやさしいんですけど、そうやって僕の意外な面を引き出してくれましたね。

中村 それ以来バラエティでも引っ張りだこで、現在にいたるまで芸能界で第一線の活躍をなさっています。

石田 島田紳助さんにもよくしてもらって、バラエティのイロハを教えてもらったのが大きかったですね。僕は役者で笑いの技術はないので、たとえば恋愛の話題を振られると、「三角関係だとカドが立つけど、13股くらいまあるくなるとOKなんです」とか言ってみる。すると紳助さんから「クルクルパーか」と突っ込まれ、ウケる。そうやっていろいろ覚えて、現場で相手が何を望んでいるのか考えて行動するようになりました。それはその後のビジネスでも生きているような気がします。