自治医科大学が設立

もともと、秋田の医学高専構想自体、関係各方面との調整を経たうえでのものではなく、医師不足解消の必要性を訴える問題提起の意味が強いものだった。

短期間のうちに各方面からの批判を受けた医学高専構想が実現することはなかった。

だが、その後、1972年に、医師不足解消のために自治省行政局が主導して、私立大学だが事実上の公設大学である自治医科大学が栃木県南河内町(現下野市)に設立される。先述した学費貸与と返還免除の条件は、現在でも自治医科大学に引き継がれている。

※本稿は、『高専―戦後日本のエンジニア養成』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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