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作家・元外務省主任分析官の佐藤優さんが、古今東西の名著をもとに、現代のニュースを切りとる『中央公論』の連載「地球を名著で読み解けば」。今回は、『クーデターの技術』(クルツィオ・マラパルテ ・著/中公文庫)と、全米デモを取り上げます(『中央公論』2020年8月号より)

人種、貧富の差による分断が暴力的な衝突に発展した

米国の内政が深刻な危機に直面している。きっかけは白人警官によるアフリカ系米国人の殺害事件だった。

〈デモの発端となった事件があったのは25日。黒人のジョージ・フロイドさん(当時46歳)が、小切手偽造に関与した疑いで拘束された際、白人警官に組み伏せられ、意識を失って病院に搬送されたが死亡。路上にうつぶせとなった状態で、白人警官のひざで首を約9分間、上から押さえつけられ、「息が出来ない」と訴える動画がネット上に出回ると、全米で抗議デモや暴動が広がった。

白人警官は免職処分となり、第3級殺人などの容疑で逮捕・起訴された。ミネソタ州の第3級殺人罪は、第1級や第2級の殺人罪より罪が軽い。〉(6月1日『読売新聞』朝刊)

この情報がSNSで拡散し、米国全土に抗議活動が広がった。最初は平和なデモ行進と集会だったが、徐々に過激化し、放火や略奪が行われるようになった。

〈米CNNは5月31日、ミネアポリスの警官暴行に対する抗議デモの影響で、トランプ大統領がホワイトハウスの地下壕(ごう)に一時退避していたと伝えた。ホワイトハウス周辺で大規模デモがあった5月29日にメラニア夫人や末息子のバロンさんと、地下壕で約1時間にわたり待機したという。

首都ワシントンでは、31日午後11時から夜間外出禁止が発令された。その後も市内各地でデモが続き、消防当局などによると、建物のドアや窓が破壊されたり、教会や車が放火されたりするなどの暴力行為が見られた。〉(6月2日『読売新聞』)

大統領が地下壕に避難するという事態は尋常でない。米国国内で、人種、貧富の差による分断が暴力的な衝突にまで発展した。

興味深いのは、デモに参加する人々が密集していることだ。新型コロナウイルスによる感染の危機をあまり感じていない人々がこの抗議行動に参加している。それに対して、警察や州兵は、新型コロナウイルスが感染することに怯えながら警備を行っている。

普段ならば、火焔瓶やライフル銃程度で武装したデモ隊を州兵の実力によって制圧することは簡単であるが、新型コロナウイルスの感染に対する恐怖感の故に治安当局の対応が及び腰になっている。

このような状況で、米国のエリート層の中で、力によって「暴徒」を鎮圧すべきであるという声が強まっている。保守系の高級紙『ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)』は、6月1日の社説でこう主張した。

〈黒人男性のジョージ・フロイドさんが5月25日に警官に押さえ付けられて死亡した事件を受け、同月末の週末に米国の多くの都市で暴動が起きたが、この暴動の際に見られた暴力の激しさは、事件に対する怒りとして正当化できる範囲を超えていた。暴動を起こした人々は、商店での略奪行為や警官への襲撃について、罰を受けていない。そして彼らは、さらに大規模な公共秩序の破壊を行うと警告している。政府が最優先すべき仕事は、何の罪もない人々を守り、秩序を回復させることだ。

(中略)

総じて彼ら(引用者註*リベラルなメディアや知識人)は、暴動を社会的不正に対する理解可能な対応と表現する。警察を非難した彼らの大半は、(暴動で)燃えさかるコミュニティーからはるか離れた場所に住んでいる。基本的な社会的秩序なしに社会的不正に対処できないことを彼らは無視している。米国で起きた混乱の夏の主な被害者は、炎の立ちのぼる地域の貧しい人々とマイノリティー(人種的少数派)だろう。〉(6月1日『WSJ』日本語版)