麻子の反応を正直に話すと、霧が驚いた。

「まさかそんな……」

「ええ。霧さんに懐いてるのは知っていたけど、それはあくまでも憧れみたいなものだと思ってた。でもね、麻子は本当にあなたのことが好きみたい」

「そうか……」

 霧が大きなため息をついた。そのまま黙っている。

「ずっとずっとあの子はいい子だった。自分の言いたいことも我慢して、私を助けてくれた。本当なら私が身を引くべきなのかも……」

「俺に麻子ちゃんを選べと?」

 霧が驚いた顔でこちらを見た。

「こんなお婆さんより麻子のほうがずっと若くて綺麗よ」

「なにを言うんだ。よくそんな酷(ひど)いことを……」

 霧の眼にも声にも怒りがこもっている。私ははっとした。

「でも、それが世間の見方。霧さんはこの先ずっと言われ続けると思う。……娘のほうにしておけばよかったのに、って」

「もう言われたよ。君は世間がそう言ったら従うのか?」

 霧の静かな怒りが突き刺さった。

「まさか。でも、私を選んだことで霧さんが愚か者呼ばわりされるのは申し訳なくて」

「くだらない。世間がなにを言おうと俺は気にしない。愛してもいない女を愛するふりなんて無理だ」

 霧の言葉に私は安堵し、気付いた。今、私は霧を試したのだ。自分を選んでくれるかどうか確かめたのだ。なんて卑屈であさましい。

「私もきっと世間から後ろ指を指されるでしょう。娘の望みより自分を優先する酷い母親だ、って。でも気にしない」

「それでいい。麻子ちゃんには諦めてもらうしかない。同情を愛情と勘違いした結婚がどうなったか、俺は身をもって知っている。同じ間違いはしたくない。それに、君は麻子ちゃんに対しても失礼なことをしている。愛のない結婚で一番傷つくのは麻子ちゃんだ」

「そうね。そのとおり……」

「俺は物じゃない。女の間で譲ったり譲られたりしてたまるものか。俺は君に看取られたいんだ。それが俺の最期の望みなんだ」

 霧は足を止め、私に向き直った。

「大丈夫だ。麻子ちゃんはわかってくれる。たとえ時間はかかっても、君たちには母と子としての歴史がある。きっとまた笑って暮らせる日が来る」

「ええ……ええ」

 突然涙が出てきて自分でも驚いた。慌ててハンカチを取り出して眼を押さえる。霧が言葉を続けた。 

「それに、麻子ちゃんはまだ若い。これから、きっといい男に出会えるよ。そのときには思い切り祝福してやればいい」

 そうだ。霧の言うとおりだ。私が欲しかったのはこんな言葉だ。毎日、父から投げかけられる怒りや罵りといった、自分で自分の未来を腐らせていくような言葉ではなく、望みや祈りといった、自分を信じて自分の力で生きて行くための言葉だ。