父は最初にこの歌を見た時、「添削の余地もないすばらしい歌です。どなたが作られたんですか?」と、ちょっと冗談めかして言ったとか。すると雅子さまが恥ずかしそうに、ご自身が詠んだとおっしゃったそうです。
海外生活の長い雅子さまが、ここまで見事な歌を詠まれることに、父は感銘を受けたようです。陛下に対する思いの深さがにじみ出ていると、当時ずいぶんと有名になりました。
昨年12月の皇后陛下のお誕生日にお声がけいただいた際は、両陛下が何か質問されると「はい、私の生まれた家は三重県の深い山にありまして」と、最初は同じ話を何度も繰り返していたようです。
そこで、その日に介助で同行していた甥がパッと割って入って、「皇后陛下にプレゼントされたお歌について触れたらいかがですか?」と言ったとたん、このような豊かな言葉を持った民族として生まれたことへの感謝や、その言葉を生み出した豊饒な列島に生まれたことへの感謝、それをずっと見守り祈り続けてくださった天皇家の皆さまへの深い感謝を、滔々と、それは見事に述べたとのこと。
父の頭の中はどうなっているのか、まさに神秘としかいいようがありません。
そういえば三笠宮妃百合子さまは父のファンでいてくださり、3年ほど前の園遊会に父が呼ばれた際、車椅子の百合子妃が父の手を握って涙されたのにはびっくりしました。
百合子妃は一昨年11月に亡くなられたので、一周忌を過ぎ父が偲ぶ歌を色紙に書いて今年3月に三笠宮家に贈ったのが、皇室とかかわらせていただいた最後でした。