2026年4月、歌人の岡野弘彦さんが101歳で亡くなった。三重県の代々神主を務める家の生まれで、学生時代から釈迢空(しゃくちょうくう)(折口信夫)の短歌結社に参加していた岡野さん。宮中歌会始の選者や宮内庁御用掛を長年務め、天皇、皇后両陛下への和歌のご進講をするなど、皇室との結びつきも強かった。岡野さんが亡くなるまでの暮らしや父親としての素顔について、次男の夏井さんが語る。(構成:篠藤ゆり 撮影:藤澤靖子、本社・武田裕介)
雅子さまが詠まれた歌をすらすらと……
僕は仕事で海外生活が長かったのですが、父の介助で皇居にともに上がる機会が多くなるにつれ、日本文化と和歌のつながりを実感せずにはいられなくなりました。
父曰く、雅子さまは日本文学に対する探究心が強くかつ深く、愛子さまも一生懸命歌を作っておられる。父が「愛子さまの歌はいいですね」と褒めると、謙遜されます。すると雅子さまが「苦労して、悩みながら作っていますよ」。天皇陛下も、「先生、私は今も万葉集を読んでいます」とおっしゃったり。
父は訪問するたびに、「天皇家と和歌は深い関係があって……」という話をしていました。
ここ2年くらいはだいぶ認知症が進んでいたものの、昔のことは鮮明に覚えているようでした。あれは2年半前だったか、皇后陛下の誕生会に呼ばれたとき、雅子さまがご成婚されて最初の歌会始で詠まれた歌をすらすらと声に出しました。
君と見る波しづかなる琵琶の湖さやけき月は水面おし照る
>>岡野弘彦(おかの・ひろひこ)<<
1924年三重県生まれ。國學院大學教授、文学部長を経て95年から2007年まで國學院大學栃木短期大学学長。1979年から2008年まで宮中歌会始選者、1983年から2007年まで宮内庁御用掛。21年、文化勲章受章。歌集『海のまほろば』『バグダッド燃ゆ』、評伝『折口信夫伝 その思想と学問』ほか著書多数。21年、8000首を収めた『岡野弘彦全歌集』刊行。26年4月24日逝去。享年101
1924年三重県生まれ。國學院大學教授、文学部長を経て95年から2007年まで國學院大學栃木短期大学学長。1979年から2008年まで宮中歌会始選者、1983年から2007年まで宮内庁御用掛。21年、文化勲章受章。歌集『海のまほろば』『バグダッド燃ゆ』、評伝『折口信夫伝 その思想と学問』ほか著書多数。21年、8000首を収めた『岡野弘彦全歌集』刊行。26年4月24日逝去。享年101