こんな歌もありました。

 

味うすき夕餉を終へてひっそりと独りの部屋に帰り来たりぬ

 

黒豆のひと粒ひと粒を口に運ぶこの単調も馴れて楽しき

 

しづかなる九十(ここのそぢ)七つの朝明けてちち・ははの声とどきくる空

 

施設では、三度の食事をとても楽しみにしていたようです。没後「夕食、大海老チリソース。大海老と言へど小海老」というメモを見つけ、思わずクスッと笑ってしまいました。さすが、亡くなる前日にホットケーキをペロッと食べただけあるな、と。

今年に入ってからは、介護スタッフの方々への感謝や、故郷である三重県の山奥のことを詠んだ歌が増えました。やはり人間、最後は故郷へと思いが戻っていくのでしょうか。

父が残したシャツやジャケットは、胸ポケットのあたりにインクの染みがついている。いつでも歌が詠めるよう、常に万年筆やボールペンを入れていたんですね。

やっぱり親父は、死ぬまで歌人だった。100歳を超えるまでずっと好きなことを続けてきたのですから、本当に幸せな人生だったと思います。

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