捻りがきいた演出

清治の振る舞いは、物語をドラマチックに見せるための演出ではない。清治が珠の考え方や人生に大きな影響を与える存在だからである。親の影を背負わない人はいない。

宇野さんの父親・俊次も暴君だった。宇野さんは生前、俊次について、こう語っていた。

「馬を何頭も飼って競馬に出し、博打もし、あらゆる道楽をし、放蕩を極めた」、「(父との)対話は父の命令と私の答えだけに限られた」、「バルザックかドストエフスキーの小説にしか出て来ないような一種の奇人ないし狂人だった」(NPO宇野千代生家)

 俊次の死後、宇野さんは伸び伸びと生きた。自分の意思で行動できることの喜びを噛みしめたのだろう。

 『ブラッサム(開花する)』というタイトルには、「咲き誇れ、わたし」というメッセージが込められている。人生の主役は、常に自分だ。もはや、耐え忍ぶ女性や自分を犠牲にする女性だけが、朝ドラのヒロインにふさわしい時代ではない。

この物語が始まったのは明治41年(1908年)。舞台は山口県岩国町(現・岩国市)である。この年、東京株式相場が暴落。日露戦後恐慌が始まり、社会は揺れていたが、岩国はのどかだった。

もっとも、10歳の珠が暮らす葉野家は、常に不穏な空気に満ちていた。父親の清治が、いつ暴れ出すか分からないからだ。清治が在宅しているとき、珠と継母のリョウ(国仲涼子)はいつも怯えていた。清治にはやさしさの欠片もなかった。

清治は定職に就かず、昼間から酒をあおった。そんな暮らしができたのは、生家の造り酒屋の家督相続権を弟の葉野清重(三浦誠己)に譲り、その代わりに生活費を受け取っていたからだ。

その清治が初登場したのは第1回。帰宅するシーンだった。珠は玄関の外から清治の足音が聞こえただけで身を固くした。ここではスローモーションが使われ、清治の足音も通常よりかなり大きく聞こえるように処理されていた。

珠にとって清治がいかに恐ろしい存在なのかを、冒頭から映像と音で伝えたのだ。朝ドラはストレートな演出が多いが、捻りが利いていた。

この物語の演出は奇をてらっていないが、照明の加減などもかなり凝っている。月明かりの中で浮かび上がった桜の美しさに目を奪われた方もいるのではないか。簡単にできる演出ではない。今後も期待できる。