理解者としての珠

清治を単なる悪漢として描かない脚本も巧みだ。それは第2回から第4回にかけて描かれた作文のエピソードによって浮き彫りになった。

珠は通っている小学校の教師から、綴り方(作文)の宿題を出された。題は「父について」。ほかの生徒たちは屈託のない笑みを浮かべていたが、珠は思い詰めた表情になる。清治には、誇れるところも、好きになれるところも見いだせなかったからである。

その後も珠は悶々とする。どうしても書けない。しかし、ある夜、物悲しげな顔でカナリアと向き合う清治を見た瞬間、作文を書く意欲が高まる。

月明かりに照らされた清治の眼差しは、やさしかった。いつも全身から漂っている刺々しさも消えていた。珠は初めて、清治の核心に触れた気がした。そして、一気に作文を書き上げた。

作文は、父親たちが学校に招かれ、読み上げられることになっていた。普段は珠に無関心の清治も来た。わが子に自分がどう見られているか気になったのだろう。

珠が読む順番になった。作文の前半は、清治への不満や批判である。「父は私をよく叱ります。いつも理不尽に感じていました」。清治の悪態を知っている周囲の父親たちは失笑した。ところが、後半になると作文は一変する。

(『ブラッサム』/(c)NHK)

「父は縁側に1人で座り、カナリアをじっと見ていました。我が家で何より心を寄せる愛鳥に見せる父の横顔。月に照らされ、笑っているような、どこかもの悲しいようなその表情は、今までに見たことがないものでした。そこに、放蕩無頼の徒は見当たりませんでした」

珠は清治の寂しい一面を捉えた。子供が父親について書く作文とは思えない。周囲の父親は珠の真意が読み取れず、戸惑った様子を見せていたが、清治は大声で笑い、拍手した。

清治が体面を気にする男なら、喜ばない。作文に書かれているのは清治の悪口と、脆い一面の暴露なのだから。それでも清治が嬉々としていたのは、珠が自分の本質の一片を見抜いたからだ。

清治は孤独だ。生家を継げず、弟の清重とは折り合いが悪い。自業自得と言ってしまうと、それまでだが、近所からも厄介者扱いされていた。清治の友人が1人も登場しないことからも孤立していることが分かる。

清治は作文を近所に見せてまわった。文章がしっかりしていて、誇らしかったこともあるだろうが、それ以上に自分の理解者がいたことを喜んだのだ。同時に、珠が人間の内面を見る目を持っていることが示された。作家には欠かせない要素である。