母のパーキンソン病が判明して

同居生活を始めて半年くらい経った頃に、母が膝が痛いと訴えるようになりました。そこで病院へ付き添ったところ、検査の結果、パーキンソン病であることが判明します。

まず思い浮かんだのは、同じ病気で車いす生活を送っていた父のことでした。父の車いすを私が押していたことがあったからです。

『今だから笑える 笑えない介護の話』(著:岡田美里/小学館)

当時、パーキンソン病になった父をハワイにいた姉が引き取ったのですが、まもなく姉が妊娠し、私が前夫と暮らしていた家に呼び寄せることになりました。

そこから父が寝たきりになるまでのあいだ、毎朝父の車いすを押して散歩をするのが私の日課だったのです。

そのことがあったので、母がパーキンソン病であることを知らされた時に真っ先に脳裏をよぎったのは、母も車いす生活になる、時間の問題だ、ということでした。

ステップフロアの私の家での生活は無理だと思うのと同時に、もしも私がいない時に、母が二階にあるバスルームを使って階段から落ちてしまったら……などと想像して震えました。

望んで母を引き取ったわけでもないのに「階段から落っこちちゃったの」と姉や妹に報告をしながら自責の念に駆られるなんて、まっぴら御免だったのです。

かといって、母の過ごしやすい環境を整えたら最後、母の老後の面倒は私が看ることになってしまう。

百歩譲って、バリアフリーのマンションに引っ越すことにしたとして、それには敷金や礼金が必要だし、味気ない間取りの家に暮らすのは嫌だし、第一、私の生活はどうなるの? このままだと同居生活どころか介護生活に突入してしまうじゃないの。それは絶対に嫌、と私は必死に逃げ道を探していました。

でも姉はハワイ在住だし、妹は孫の世話でいっぱいいっぱい。ということは、私がどうにかするしかないってこと? と、まさに八方塞がりだったのです。