私はどこに住めばいいのでしょうか?

そんな折も折、たまたま訪れた知人の家で、スピリチュアルなパワーがあるという女性を紹介されました。チャネラーとして多くの人の魂の成長を助けているというその先生が

「お父様からメッセージが届いています」

と言うのです。そして、

「ミィちゃん、あなたはいつも人のことばかり優先するけど、もう少し自分のことを考えないとダメだよ」

と続けたのでびっくりしてしまいました。父が私のことを「ミィちゃん」と呼んでいたのは家族しか知らないことだったからです。

切羽詰まっていた私は、この方には何かが視えているのかもしれないと、

「何の脈絡もなく、こんなことを尋ねるのはおかしいかもしれませんが、私はどこに住めばいいのでしょうか?」

と切り出していました。

すると先生は目を閉じてしばらく沈黙したあとに、

「富士山のほうへ移るのも一案です」

と告げたのです。

あまりにも突拍子もない提案だったので、正直落胆してしまいました。帰りの車の中でも「富士山のほうだなんて、静岡県か山梨県に移住しろとでもいうの?」と独りごちていました。

すると、ふと思い出したことがあったのです。

「そういえば、山梨にずっと使っていない家があった!」

って。

私の現状などお話ししていなかったのに、「富士山のほうへ」という先生の一言が、その後の私の人生を大きく変えていくことになりました。

※本稿は、『今だから笑える 笑えない介護の話』(小学館)の一部を再編集したものです。

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