1982年に発売された松田聖子さんの『小麦色のマーメイド』(CBSソニー)

なぜ松田聖子は成熟していたのか

実は今に至るまで私は、アイドル、というものをもったことがありません。まわりの友だちが騒いでいたような男性の有名人にはまったく興味が湧かず、それは今に至ってもそうです。何がどうしたら、テレビの画面のなかにいる人に対して、心躍らされるような気持ちになれるのかがさっぱりわからない。人として何か重要な感情が欠落しているのではないかとすら思ったこともあります。こういうことは、パンデミックの自粛期間に考えるにはうってつけでしょう(笑)。

たとえば今のアイドルたちは一様にグループ編成となっていますが、松田さんが連日テレビの歌番組に出演していた昭和のアイドルは、たった一人で人前に立ち、自分の歌唱力だけで歌うことが求められていた時代です。群棲のアイドルと単独のアイドルの精神性の違いや、ファンの思い入れの差異など、気になることはたくさんあります。

単独アイドルである松田聖子さんは、ほかのアイドルと比べてどこか一歩成熟した意識をもっているように思えるのはなぜなのか。動画サイトを何度も見ながらわかってきたのは、彼女はファンの求める”像”に忠実でいながらも、自分がもって生まれたルックスの影響力を客観的によくわかっていらっしゃるということ。

往年のヒット曲「小麦色のマーメイド」(松本隆作詞、呉田軽穂作曲)における「ウィンク、ウィンク、ウィンク」という歌詞のくだりでの小さなウィンクは、あのつぶらでありながらも吸引力のある目でなければ成し遂げられないものです。外国人はよくウィンクをしますが、それとはまったく別物です。あのウィンクを含む彼女のアイドルとしての表現力、人心に強く訴求する政治力は相当なものです。

時に頼りなげだったり、色気があったり、天真爛漫だったり、ころころと変わるあの表情と歌声は松田聖子という人の弁論力です。歴代、カリスマ性をもち多くの支持者を得ていた歌手たちは、おそらくみなそういった歌唱による弁論力を備えていたと言えるかもしれません。自分の歌でローマ帝国を統治しようと考えていた皇帝ネロなんかが見たら、それはもう悔しがったことでしょう。