自分の必死さが滑稽でちっぽけに思えた

他にもこんなに有名な人たちがたくさん……?

そして彼らの投稿は、どれもこれも「お知らせです」とだけ添えた、とてもあっさりとした告知だった。

「夢みたい!」「憧れの井の頭線!」と浮かれて大騒ぎして、わざわざ名古屋から新幹線に乗って駆けつけ、電車の中で何枚も写真を撮っている私とは大違いだ。恥ずかしい……!

無口になった私をみて、知人が心配してくれた。

「どうした? なんか急に凹んでる?」

「私、全然大したことない……」

いつ執筆の仕事が途切れるかわからない不安定な日々の中で掴んだこの成果に、私は全存在を懸けてはしゃいでしまった。次から次へといくつもの仕事をこなす彼らの圧倒的な多忙ぶりと比べると、一つの仕事にしがみつく自分の必死さが急に滑稽でちっぽけに思えた。

私は、もうこのまま誰からも必要とされなくなるんじゃないか。彼らの余裕が、たまらなく羨ましい。

「ナミさんだって十分すごいよ。どうしてそんなに自信がないの?」

「そうだね。十分だよね……はは」

作り笑いをしてランチを終えた。

名古屋へ向かう帰りの新幹線の窓枠に頭をもたれかけながら、先ほどのごまかした自分を振り返り、「どうしてそんなに自信がないの?」という言葉を反芻する。

それは、何度も聞かれたことのある言葉だった。

本当は「ちょっとはすごい」と思っている。エッセイの連載も、出版も、映画のPRも、なかなか頑張っている。もう少し自信があってもいいはずだ。

帰宅して子どもたちに中吊り広告の写真を見せると「すごいじゃん! これは自慢していいよ」と言ってくれる。

そうだよね? なのにどうしてこんなに足元がボロボロと崩れていってるような、焦って焦って仕方がない感覚がいつもあるんだろう。