サマルさんの娘が通う学校はテントの中にあり、児童は地面に座って学ぶ(撮影:サマル、撮影日:25年10月27日)
1988年から30年以上、紛争下のパレスチナを取材し続けてきた古居みずえさん。しかし2023年10月にイスラエルとの戦争が始まると、外国人ジャーナリストのガザ地区への入域が不可能に。そんななか、古居さんはガザに暮らす2人のパレスチナ女性と連絡を取り、綴ってもらった日記と写真をSNSで配信。その日記は1冊の本にまとめられた。爆撃と劣悪な環境に耐えながら命を繋ぐ現地の状況を、2人の日記を引用しながら伝える

<前編よりつづく>

爆発音のたびに3歳半の娘は叫び声を

ガザ南部に暮らすもう一人の女性、前出のサマルさんとは、私がガザで取材をしていた09年頃に知り合った。料理がうまく、明るい性格でいつもにこやかに笑っていた。チキン料理をふるまってくれたことも覚えている。

サマルさんはイスラエルの大規模侵攻が始まってから数日の様子を日記に書き綴っていた。

「ミサイルの爆発音でほとんど眠ることができませんでした。それは私たちが今まで聞いたことのないような重いミサイルの音でした。当時3歳半だった私の幼い娘は、爆発音を聞くたびに叫び声をあげて泣いていました。

彼女はほとんど眠れず、私の隣でしか寝ず、そばを離れることはありませんでした。私は娘を落ち着かせようとしましたが、実のところ、私のほうが彼女より怖かったのです。

彼女も爆発のたびに昼夜を問わず尿意に悩まされていました。爆撃は夜から早朝にかけて激しさを増し、私たちはとても怖くて、安心して目覚められることを願っていました」