『鶴屋南北の殺人』芦辺拓・著

 

著者の歌舞伎愛が溢れる本格ミステリー

『東海道四谷怪談』『桜姫東文章』などの名作で名を残した四代目鶴屋南北。その手書き歌舞伎台本がロンドンで見つかった。『銘高忠臣現妖鏡(なもたかきちゅうしんうつしえ)』と題されたその作品は研究者にも知られておらず、本物であれば世紀の大発見である──そんな設定で始まる本格ミステリーだ。

京都の私立芸術大学には元歌舞伎役者が芸術監督を務める〈虚実座〉という劇場があり、南北のこの作品はそこで上演されようとしている。だが発見者である国文学研究者は、芸術監督にその台本を奪われたという。

研究者から依頼を受けた弁護士の森江春策(もりえしゅんさく)は、過去にさまざまな難事件を解決してきたこのシリーズの名探偵だ。その名の由来はモリエールとバルザック。その名探偵が南北作品の謎に挑むというのだから、面白くならないはずがない。

事件は連続殺人の様相を呈する。『銘高忠臣現妖鏡』のリハーサル中に、演出家志望の学生が不可解な死を遂げる。探偵自身も絶体絶命の危機に陥り、依頼人の命も奪われてしまう。こうした本格ミステリーとしての常道の構えのなかに、江戸歌舞伎への作者の並々ならぬ愛情を感じさせるギミックが仕込まれている。

この小説自体が歌舞伎と同様の「時代物」と「世話物」の二重構造をもつ。時代物のパートでは江戸末期の文化文政年間に飛び、南北の弟子、花笠文京という実在の戯作者が語り手となる。『銘高忠臣現妖鏡』がいかなる作品だったのか。そこには現代とも通底する、文化に対する権力者の無理解と、それに対する創作者側の激しい怒りが込められていた。

こうした主題をもつ本作は、ミステリーの愛読者だけでなく、広い読者に開かれている。

『鶴屋南北の殺人』

著◎芦辺 拓
原書房 1900円