無表情で堅苦しい理系のオジサンの素顔は

大人の学び直しの場では、これまで知り合ったことのない種類の男性に出会うことがある。旅行会社でバリバリ働くキョウコさん(60歳)は5年前、30年ぶりに学生となって、「同年代のオジサン」である林さんという知己を得た。

仕事を通じて興味を持った都市開発について学ぶべく、私立大の大学院に入学したキョウコさんだが、当初は困り果てていた。根っからの文系人間なのに、受講する内容は理数系で難解なものばかりだったからだ。

ある日教室に着いて、座っていた男性に講義の場所を確認したところ、「ここがその会場だと私は理解しています」と無表情に返された。それが林さんその人だった。

「こんな堅苦しい言葉を使う理系のオジサンと勉強するのは無理だな……というのが第一印象でした」

しかし、ほどなくそのオジサンは真価を発揮する。数人で行うグループ演習の際、課題をやってこなかった社会人院生の穴を埋める役割を、林さんが買って出たのだ。

「課題をやらなくても平気で出席だけする院生が多いことに、驚いたり憤ったり……。それ以上に、林さんの真面目さ、優秀さにはびっくりさせられました」

次第にふたりは、ランチやお茶をしながら話し込む間柄になっていく。彼は大手自動車メーカーのエンジニアで、誰でも知っている車種を生み出した一員であることもわかった。大学院には業務の一環として通学しているという。職場に戻れば残業や休日出勤は当たり前のブラック企業だ、と林さんは苦笑していた。

「不真面目な周囲に対して私がブリブリ怒っても、彼は、人は人、という感じ。私より2歳下なのですが、新しいモノを創り出す人はさすが大人物だな、と感じ入ったものです」

一方で微笑ましい一面もある。教授の自宅に招かれ、手土産を持参したキョウコさんに、「僕には思いつかなかった。さすがですね」と目を丸くしたという。

必死に修士課程の2年間を過ごしたキョウコさんに対し、林さんは淡々と論文を仕上げ、聞けば何でも答えてくれた。

学業の合間には、新車発表会の華やかなパーティーに同級生を招いた。キョウコさんの息子と同年代の院生にも、不真面目な社会人にも丁寧な物腰で接するところが彼らしかった。常日頃キョウコさんから林さんのことを聞いていた、車好きの夫と息子も参加。会場では林さんを父子で質問攻めにしたという。

林さんは最優秀の成績で大学院を修了。今は元の職場で、再び設計図と格闘する生活に戻っている。

「これまで私は、車にまったく関心を持っていませんでした。でも彼のように真摯で才能あふれる人が、身を粉にして日本の技術分野を牽引していることを知って、がぜん興味が湧いたんです」

現在は忙しくて会う時間が取れず、メールで近況報告をする程度だ。相変わらず堅苦しくて短い文面は、キョウコさんをニヤリとさせている。


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