自分が空っぽになったような心もとなさ


役者TAKAHIROとしては、LDH製作の最新映画『僕に、会いたかった』に主演。事故で記憶を失った元漁師・徹を演じている。


この作品で僕が演じた徹には、自分に関する一切の記憶がありません。言ってみれば、無に近い感覚のなかで生きている人間です。そこに哀しさをまとわせた「何もしない」芝居が本当に難しかった。ここまで引き算の演技を求められたのは初めてだったので、どうしたらいいか悩みながら演じました。

もちろん僕は記憶喪失になった経験はないし、そういう方に関する資料を参考にした部分もあります。それと今回、役者とプロデューサーの二足のわらじで頑張った、劇団EXILEの秋山真太郎がすごく研究熱心で。彼は以前、記憶喪失の男性を演じた際に症状について詳しく調べたそうで、彼からいろいろ教えてもらいました。

作品の舞台は島根県の隠岐諸島にある、西ノ島。物語の軸になるのは、この島に “島留学”してきた都会育ちの高校生たちです。これは実際にある制度で、地元の人々が“島親”となり、親に代わって島外から転校してきた生徒をサポートするのだそう。

徹は、若い彼らや、自分のことを静かに見守ってくれる島民たちとの触れ合いを通して、自身の人生を見つめ直していきます。雄大な自然を背景に、淡々と進む物語。人と人との絆の大切さを描いた、あたたかい作品に仕上がったと思います。

劇中で僕の母親役を演じているのは、今回初めてご一緒させていただいた松坂慶子さん。もう……さすがの一言でした。普段は後光がさすような女優オーラを放っているのに、カメラが回った瞬間にそれを消して“島のおばさん”になってしまうんです。見ていて驚きましたし、まさしく“引き算の演技のプロ”だなと。しかも気さくに接してくださり、休憩時間には昔の映画撮影時の思い出話など、貴重なエピソードをたくさん聞かせていただきました。すべてを包み込んでくれる優しさを持った、本当に素敵な大女優さんです。

僕自身、美容師を辞めた時は、目指すものがあったとはいえ、心に穴が開いて自分が空っぽになったような心もとなさを感じていました。途中でキャリアを手放してしまったことで、将来に対しても「不安」の二文字しかなかったです。

それだけに、記憶を失くして漁ができなくなった徹の、「よりどころを失ったつらさ」は理解できます。今回は、その時の自分の気持ちを思い出し、重ね合わせながら、徹という役を演じました。“無精ヒゲを生やした寡黙な男”という、ふだんの僕とはまったく違う役柄を演じているので、映画をご覧になったみなさんに驚いてほしいですね。