榎木 時代劇の仕事では、実在の人物をいろいろ演じてきましたが、そもそも、歴史は勝者が書き残したもの。負けたほうに正義があったのかもしれないのに、勝者の都合で美化されている可能性が高い。嘘がいっぱいあるんですよ。

ヤマザキ それは同感です。私は『プリニウス』という作品で古代ローマの皇帝ネロを描いていて。ネロといえば、暴君とか、キリスト教の迫害者のイメージなんですが、これも結局はキリスト教側からの見方でしかないわけです。だから10巻もかけて、かわいそうな社会の被害者として描いちゃった。

清水 ヤマザキさんは、作品を描いているとき、登場人物が乗りうつったようになるの?

ヤマザキ なりますね。正直、キリスト教の描き方について、非難する人もいるかもしれない。でもネロの気持ちになったら、そう描かざるをえなかった、というか。

清水 イタコのようだね。

ヤマザキ しかも、ネロが自死したシーンを描いた日が、偶然にもネロの命日だったんですよ! まるで意識していなかったのに!

清水 うわー。合理的な説明のつかない不思議なことって、本当にいくらでもあるもんなんだね。

ヤマザキ ただ、これを夫に話すと、「はじまった、またマリの超常現象話が……」ってなっちゃう。

榎木 イタリア人は、理解できませんか。

ヤマザキ みんな合理主義ですからねえ。いまのイタリアの自宅を見つける前に、別の物件を内見したんです。800年前に建てられた塔で、不動産屋さんが意気揚々と「ここで60人が討ち死にしてます!」って勧めてくる。そういうお国柄です。

榎木 信じなければ、怖くもないし、見えることもないんでしょう。

<後編につづく