務川慧悟 ショパン、ラフマニノフ、ブーレーズ ALM RECORDS 2800円

音楽とともに生き、探求し続ける覚悟

日本から世界に羽ばたく若き演奏家のアルバムを、もう一枚紹介したい。1993年生まれの務川慧悟(むかわけいご)は、東京藝術大学ののち、パリ国立高等音楽院で学ぶ。これまで数々のコンクールで入賞を果たしてきたが、昨年パリで開催されたロン= ティボー= クレスパン国際音楽コンクールピアノ部門で第2位に入賞し、また新しい活動の場を広げた。

アルバムに収録されているのは、ショパン、ラフマニノフ、ブーレーズ。

ショパンの〈ボレロ〉で、輝かしくも憂いのある若さを表現したあとは、〈バラード第1番〉へ。務川は、どんなに激しい場面でも聴き手を急かすことがない。優しい空気に包まれ、おだやかなペースで、ショパンが音楽で綴ったショートストーリーを味わうことができる。〈ノクターン第18番〉では、肩の力のぬけた漂うような表現が、晩年の作ならではの美しさ、透明感、深みを伝える。

ラフマニノフ〈楽興の時〉では、音の密度が増す。影と光を巧みに描きわけ、ロシア音楽らしい重みは残しながら、6つの小品の美点を繊細に浮かび上がらせる。

パリで学ぶピアニストらしい感性が発揮されているのが、ブーレーズ。フランス現代音楽界を代表するこの大作曲家が没した2016年は、務川の渡仏から間もない頃だったという。作品のタイトル「アンシーズ(挿入句)」は、務川の解説によれば、「主要パッセージのところどころに障害となるかのように細かい音符群が挿入されて、音楽のスムーズな進行を阻んでゆく」ことを意味する。くっきりと明晰な音で音楽が流れ、それを時折、複雑な和音がせきとめる。あたたかいロマン派作品とはまた別の“この世の一面”を見せる。

音楽とともに生き、探求し続ける覚悟が感じられるピアニスト。主張ははっきりしていながら、どこまでも自然体で押し付けるようなところがないので、いずれの作品でも、聴き手は自由に空想を膨らませることができる。

務川慧悟
ショパン、ラフマニノフ、ブーレーズ
ALM RECORDS 2800円