一人息子を育てる石渡杏は、夫と失踪した女性の夫・斉木と恋に落ちる。『恋する母たち』4巻より ©柴門ふみ/小学館

女性を描き切るまでは死ねない

私の背中を押してくれた要素がもう一つあります。53歳で初期の乳がんを患い「死」を意識したときに、「まだ私は女性を描き切っていない。描き切るまでは死ねない」と思いました。なぜその時描くことができなかったのかといえば、男性向けのコミック誌を中心に作品を発表し続けていたから。

妻は浮気をしてはいけない、母親には性欲はない、それが男性読者が求めるキャラクター像だと、編集サイドから求められていました。『あすなろ白書』のなるみでさえ、可愛くない、共感できないと言われました。そういう編集サイドと妥協点を探り、折り合いをつけて描き続けてきたのです。

しかし、どうしても女性の真の姿を浮き彫りにする作品を世に出したかった。とはいえ『恋母』は母親を神聖化したい日本の男性たちに受け入れられないと思い……。そこで自ら女性週刊誌に企画を持ち込んだところ、快諾していただいて。かくして男性読者に気兼ねすることなく、女性だけに向けてメッセージを発信するための環境が整ったのです。

一般女性誌という、特に漫画好きだというわけではない方々に自分の作品がどれだけ受け入れられるのか――。漫画家としての最後の挑戦になるだろうと覚悟しました。

週刊誌で連載をするというのは、自己との闘い以外の何ものでもありません。準備していたひと月分のストックはすぐに消え、あとは締め切り地獄の中を走り続けるのみという怒濤の日々。ヨレヨレになりながらも3年半にわたり書き続けることができたのは、読者の皆様のおかげです。

編集部には連載開始直後から、女性読者による多くの反響が寄せられ、私は早い段階から手応えを感じていました。皆様の期待に応えたいという想いが頑張る原動力となっていたのを感じます。