愛妻・金子とともに(写真提供:古関正裕さん)

「忘却こそ創作の泉」

「オリンピック・マーチ」の創作には、意外な工夫があった。オリンピックの組織委員会とNHKからは「日本的なもの」という要求が出された。古関は「マーチは私には書きなれたジャンルなのですが、日本の東京でやるオリンピックなので、日本的な感じを出すのに苦心しました。しかし日本的というと、雅楽風、民謡風になりがちなのですが、それでは若い人の祭典向きではないので、それを捨て私の楽想のわくままに書いたのです。ただ、曲の最後に君が代の後半のメロディーを入れました」と述べている。

日本的なメロディーとして、雅楽や民謡を用いることはしなかったが、「君が代」の後半部分を取り入れたのであった。「オリンピック・マーチ」を漠然と聴いている者にとっては、目から鱗が落ちる話だろう。しかし、この手法を使ったのは、今回が初めてではなかった。

昭和17年4月に発売された「皇軍の戦果輝く」の曲の最後は「オリンピック・マーチ」と同じ終わり方をしている。この点は本書で初めて指摘するのだが、おそらく22年も前に作曲し、しかもヒットしなかった「皇軍の戦果輝く」を古関は忘れていたと思われる。

なぜなら、古関は作曲の秘訣について「片っ端から忘れていくんです。覚えていたら、気になって、作れるものじゃありません」、「忘却こそ創作の泉」と述べているからだ。また別のところでも「私は過去に作曲したものは、一部覚えているものもあるが、どんどん忘れていく」、「むしろ新しい音楽が次から次へと浮かんでくるので、作り終わった曲を覚えているいとまがない」と語っている。

無意識のうちに、アジア・太平洋戦争を勝ち抜くために使った「君が代」の後半部分と、オリンピックを成功させるために使ったそれとが一致したのである。戦争とスポーツとでは意味が大きく異なるが、国と国とが勝負で競い合うという点で共通している。応援する国民の心が一つになることや、勝って国旗を掲揚し、国歌を歌うということも似ている。このように類似点が重なれば、古関の頭に浮かんだ「日本的なもの」が一致したのも自然であったかもしれない。

ーーーー

ほかにも、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)では、ドラマでは早足で過ぎ去った数々の名曲について詳しく解説してい

 

ドラマ完結記念!「エール ありがとうメドレー」

『エール』モデルの作曲家の評伝、好評発売中

高校野球大会歌「栄冠は君に輝く」、早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、阪神タイガースの「六甲おろし」ーーー戦前から数々のメロディを残す作曲者の人生を追った一冊。