落ち込んでるのがイヤになって立ち直った
谷川 アメリカだ、熊本だって、よく動く人が、コロナで動けなくなったのは、影響はないの?
伊藤 ひとり暮らしといっても、植物と動物に囲まれてますから。東京と熊本を行き来しなくなったら、犬も植物も思いっきり世話ができる。これだけアタッチしたい人間としては、ああいう存在がないとどうにかなっちゃうと思う。
谷川 ぼくは犬って言えばスヌーピー一辺倒だったからさ。(笑)
伊藤 全作品の翻訳終了おめでとうございます。今、どのぐらい仕事してらっしゃいますか?
谷川 8月は締切りが10本、もっとかな。「何でおれ、こんなに忙しいんだ」と思うことはあるね。
伊藤 だったら、けっこう毎日、無聊(ぶりょう)な時間っていうのは……。
谷川 なかなかとれない。庭見るのもね、ちょっと意識しないと。気が急いちゃったりしてね。
伊藤 じゃあ落ち込まない、ですね? 落ち込むときってありましたか。
谷川 ありましたよ。うつまではいかないけど。
伊藤 ウソッ! おいくつぐらいのときですか?
谷川 ぼくはミドルエイジクライシスっていうのがあったと思ってるわけ。50代くらいでね。自殺願望まではいかなかったけど、なんにもする気にならなくて。ドライブして帰ってくるなんてことをやってましたね。
伊藤 どうやってその落ち込みから立ち直ることができました?
谷川 自然に、落ち込んでるのがイヤになって立ち直っていったんじゃないかな。ま、そのころ、母親が認知症になっちゃって、そんなことで妻とうまくいかなくなったっていうのは大きな原因としてあったと思う。それだけが原因じゃないんでしょうけど。
伊藤 じゃ、もしおうちがうまくいってたら……。
谷川 いや、やっぱりうつにはなった、という感じが近いかな。
伊藤 谷川さん、怯えは? 死っていうものに近くなって……それに怯えることはないですか。
谷川 ないですよ。死までの怯えっていうのはあるけど。
伊藤 死までっていうのは?
谷川 死ぬ前にはどうしても他人の世話にならなきゃいけないじゃない。この家にずっと住んでいられるか、施設に入るのか、とか。
伊藤 なるほど。それは、怯えに近いものですかね。
谷川 やっぱり、ウンコ垂れ流しで死にたくないってのは、ありますよね。
伊藤 あたしの母が手足が動かなくなって、最初は落ち込んでましたけど、立ち直って数年生きました。人間ってウンコ垂れ流しでも生きちゃうんですよね。
谷川 そりゃそうだよ。(笑)
伊藤 死について、具体的なことは想像してらっしゃいます? どうやって息が止まるとか。死んだときに意識はどうなるかとか。
谷川 全然考えてません(笑)。だって死ぬのはさ、人生苦からの解放だと思ってる面があるんですよ。いちいち細部にわたって想像なんかしなくて、ぼんやりして死んでいくんじゃないかと思ってるけど。
伊藤 あたしはイヤ。自分の死を知りたい。ギリッギリまで見つめて、できれば……。
谷川 ことばにしたいんだ。哲学者だね。