あなた、あきらめるってことをしない人?
伊藤 距離、感じちゃうんでしょうね、妻としてはつらいですよ。あたしだってイヤだわ。じゃ、世の中の出来事に怒ったりします?
谷川 しない。全然しないね。
伊藤 あたしも社会を正すための活動ができないんです。人と関わるのが面倒くさくって。実はすごく人付き合いが悪いのかも。でも、人の面倒見はいいんですよ。たとえば学生たちのことはなめまわすように面倒を見ます。(笑)
谷川 そうだね。情が厚いからね、比呂美さんは。
伊藤 それも直接関わらないで済む、LINEやZoom越しの面倒見のよさ。オンライン最高。(笑)
谷川 あなた、あんまりあきらめるってことをしない人?
伊藤 あきらめる? 何に関してですか? 男? 社会正義?
谷川 ハハハ。おれは年とってきたらさ、やっぱりあきらめるってことがすごく好きになったの。
伊藤 へえ、何についてです。
谷川 何についてでも。だから、ケンカしなくなっちゃってるんだよね。諦念ってのはよくないことだって、みんな考えるんです。
伊藤 あたし、それ、すごく大切なことだと思いますよ。
谷川 でしょう。あきらめるっていうのは「明らかにする」ってのが語源だっていうのを聞いてから、あきらめるってことばがすごく大事になったんですよ。
伊藤 つまり、最後まで突き詰めないんでしょう。いろんなことについて。
谷川 まあ、あきらめるはそうですけどね。でも明らかにするってことは、自分の認識がそこから違うところにいくということでしょう。目の前のいろんな衝突とかとかよりも、そうじゃない次元でそれを見るってことだから。
伊藤 あたしの「あきらめる」より前向きですね。詩を長ーいこと書いてると、そういうところに行きつけるのかなあ。だって詩を書くってことばにこだわること……。
谷川 ぼくはなかったと思う。最初から、わりと。手放すのが早くなってるというか。
伊藤 あたしはありましたよ、こだわり。ものや人にも。今もそのこだわりで、植物を育てる。犬を育てる。それからことばも。ぜったいにあきらめない(笑)。でも年をとって、そうやって小出しにするから、人間関係のほうはすっきりして、ちょっとほっといてくださいみたいな感じで、機嫌よく生きてます。
谷川 それはすごい知恵ですよね。だからデタッチメントな一面って誰にでもあるんだと思うんです。自覚してないだけで。
伊藤 ですね。今日はお話ができて、あたしの中でいろいろ得心がいきました。ありがとうございました。