第1回が配信されるやいなや、大きな話題になった翻訳家・村井理子さんの隔週連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」。47歳の時に心臓に起きた異変。村井さんは心不全という診断にショックを受ける。その上大部屋の隣の患者(通称「ベテラン」)の振る舞いに追いつめられ、個室へ移動する。ところが、担当医に処方された利尿剤の影響で、顔からむくみが消えたことに気づき、狂喜乱舞。勢いそのままに病院の売店に赴いた村井さんは、小学校の同級生・橋本くんとの苦い記憶が蘇り…。『兄の終い』の著者が送る闘病エッセイ第7回。
なぜ大人が私を見て泣くのだろう
先天性心疾患を持って生まれた私は、1回目の心臓手術を受けるため、静岡市内にある大きな病院に入院していた。7歳のときだ。しかしその入院が初めてではなく、小学校に入学する前から、幾度となく検査入院を経験していた。
幼稚園の卒園式で、私の姿を見る母が、父兄が、先生たちが、大粒の涙を流している理由が、幼い私にはさっぱりわからなかった。園長先生は震える声で私の名前を呼び、顔をくしゃくしゃにしながら卒園証書を手渡してくれた。私は不思議でたまらなかった。なぜ大人が私を見て泣くのだろう。
ずいぶん後になってわかったのだが、私は、卒園したその日に検査入院が決まっていたのだそうだ。幼稚園の建物を出たら、その足で病院に向かうことになっていたらしい。それを知る大人たちが、私のことを可哀想だと思って泣いてくれたらしい。なるほどねと理由を理解した私だったが、なんだかとても居心地の悪い気持ちになった。まるで今から死ぬ子どもみたいではないか。
検査入院を終え、小学校に入学して、初めてできた友達が橋本くんだった。当時の私は極端な人見知りで、常に母の後ろに隠れて、誰とも目を合わすことがなかったそうだ(想像できてつらい)。当然、教室でもそんな調子で、友達は少なかった。唯一橋本くんだけが、時折会話を交わす相手だった。