先人からの伝承を次の世代へ

幸四郎 歌舞伎の『東海道中膝栗毛』は、なんと昭和20年の8月と9月にも上演しているんだよね。

猿之助 終戦をまたいでよくやったな、と思います。上演中にポツポツ復員してくる役者がいて、どんどん出演者が増えたらしい。みんな笑いたかったんだろうね。そこが今に通じる気がする。

幸四郎 役者も純粋に演じたかったんだと思う。その気持ち、僕もわかるようになりました。終戦前後の大変な時にも、先輩方は歌舞伎をなんとか続けてきたわけです。だから僕らも、今できる場所を探して発信しなくてはいけないという気持ちが強く湧いたんだと思います。

猿之助 たぶんモノが豊富な時とか、平和な時代って、あまり新しいものは生まれないんじゃないかな。やっぱり「これは危ないぞ」という時にモノが生まれる。歴史を振り返れば、あらゆる文明において繰り返されてきたんだよね。コロナみたいなことは二度とあってほしくはないけれど、これをきっかけに僕らも映像の可能性を真剣に探ることができた。不幸中の幸いだと思っています。

幸四郎 決まった時間、場所に出向く生の舞台と、映像の配信というのは、まったく違うもの。これからは両方が存在すべきでしょう。

猿之助 僕は決してパソコンに明るくないので、Zoomでの打ち合わせにも手こずっているけど、染五郎くんや團子は、パパパッと理解する。次世代の歌舞伎役者は、鳴り物、三味線などに加えて映像の知識が必須になるでしょう。僕らが始めたことを、次の世代が広げていってくれるんじゃないかな。

幸四郎 そう思います。

猿之助 ここで歌舞伎を途絶えさせないために、引っ越しじゃないけど、僕らは荷物を次の世代の場所に運ぶ役割を担っている。ちゃんと荷物を運んでおいてあげないと、彼らが困ってしまう。先人たちからの伝承をすべて運んであげて、「あとは自分たちで時代に合った荷物を取捨選択しなさいよ」と言ってあげたい。

幸四郎 歌舞伎がお好きな方、興味を持っている方にはできれば舞台にも足を運んでいただきたいけれど、家で好きな時間に配信映像を楽しむのもいい。

猿之助 「ぜひ舞台を観に来てください」とは言いにくい状況だからね。

幸四郎 確かにそうだね。本音としては、「ぜひ足を運んで、観てほしい」。でも今は、気持ちだけ、そういう思いで演じています。いつか、なんの心配もなく皆さんが劇場に足を運べる日が来るまで、その思いを忘れずにいたいですね。

猿之助 その時まで、皆さん健康に気をつけて過ごしていただければと切に願っています。