人生にほとほと疲れてもいた

夫と出会ったのは2016年。おつきあいが始まってからも、結婚などは考えていませんでした。自分の人生において、結婚という選択肢がすべてだとは思っていませんでしたし、ヨーロッパでは婚姻関係を結ばずに家族として生きる人がとても多いですから。

ところが私が外国人であるがゆえに、ビザの問題などが煩雑で、結婚という形を取らないと生活に多大な不便が生じることがわかり──決してロマンチックな理由からではなく、自分たちが望む生活をするためには結婚しか方法がなかったというのが正直なところです。

それでも、結婚したことで、私の生活は大きく変わりました。もっというと、「生き方」に対する考え方の転機が訪れたのです。

それまでは、仕事のために生活を犠牲にしてきました。そうでもしないとなかなかできない職業だと思い込んでいたのです。

理想とする作品の基準に近づくために、苦しみを伴う難役を演じる際には自らの喜びを封印し、寝ずに台本を読み、食べずに撮影に集中して自分を追い込むこともありました。白洲正子さんを演じた際は、準備のために1年間お能のお稽古だけにいそしみ、他の仕事を一切しませんでした。

一方で、そんな人生にほとほと疲れてもいたのです。このまま役者を続けられるのだろうか。そんな疑問を抱いていた頃に夫と出会った。そして、人生は楽しむためにあるのだと教えてくれたのが、彼の「Life is too short(人生はあまりに短い)」という言葉でした。

夫は世界で最も多忙だと言われるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に所属してほぼ毎日演奏し、合間には自分の練習やレコーディングもしています。その一方で寸暇を惜しんでロードバイクやマウンテンバイク、登山やスキーを楽しみ、旅公演に行けば現地の美術館巡りやローカルの食事に喜びを見出してもいます。

また、仕事仲間でもある演奏家たちと、温かくていい距離感の友情も育んでいる。クオリティの高い仕事をしながらこんな生き方もできるのかと、私は驚いたものです。

『婦人公論』2月24日号の表紙に登場している中谷美紀さん(表紙撮影:篠山紀信)