混迷を深めるミャンマー情勢を専門家はどう見ているのか。ミャンマーの歴史と危機発生の経緯、掃討作戦時の「ジェノサイド」をめぐる国際政治を解説した『ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相』(中公新書)を刊行したばかりの中西嘉宏さん(京都大学東南アジア地域研究研究所准教授)に、ミャンマーで起きたクーデター、そしてロヒンギャ問題に与える影響について寄稿してもらった。
「アウンサンスーチーが拘束された」
2021年2月1日の朝、大学に出勤する準備をしていました。着替えるときにテレビをつけることは普段はないのですが、この日はなぜかテレビをつけました。子どもたちが保育園に出かけて、それまで部屋に響いていた騒ぎ声がなくなると、いつも以上に静寂を感じてしまい、無意識になにかの音を欲しがったのかもしれません。
BBC(英国放送協会)をつけました。このとき時計を見た記憶があります。ちょうど8時でした。「アウンサンスーチー氏、また、文民で(選挙で)選ばれた大統領が早朝の捜索によってミャンマーで逮捕されたということです」という同時通訳の声。シャツのボタンをとめながら画面を見ると、“Aung San Suu Kyi has been detained.”(アウンサンスーチーが拘束された)という文字が出ています。
「昔のニュースかな」と瞬間的に思いました。1988年から2011年まで続いた軍事政権時代に、アウンサンスーチーは長く自宅軟禁下にありました。BBCはその頃のニュースを再放送で流しているのか。そう思ったわけです。
でも、そんなわけはありません。昔のニュースをリアルタイムのように放送されては、視聴者は混乱します。あまりに想定外のことを聞いたために、脳が勝手な解釈をつくりだしたのでしょう。すぐに頭を切り替えて集中しましたが、詳しい情報は出ていません。アウンサンスーチーと大統領が軍に拘束された、それだけです。
日本の午前8時は現地では午前5時半。情報の出どころはアウンサンスーチーの政党である国民民主連盟(NLD)。情報がニュースになるまで1時間から2時間かかったとすると、拘束があったのが3時台から4時台。この日は新しい議会の招集日。直前には国軍が議会招集の延期を求めたものの、政権は要求に応じず。軍の報道官からクーデターを匂わすような発言あり。
こうした背景情報をつなげると、拘束はありえるなと感じました。とはいえ、少しパニックになって、なにをすればよいのかわからず、リビングをぐるぐる3周くらい歩いたあと、現地のジャーナリストや知り合い、政治家にメールやSNSでメッセージを送りました。