バンコクのジャーナリストから、「拘束は確からしい」という返答がありましたが、肝心のミャンマーからは返事がありません。SNSを確認すると、どうも首都ネピドーを中心に通信が遮断されているようでした。クーデター時に通信網をおさえるのは定石。現地と連絡がとれないことで、かえって情報の信憑性が上がりました。

その後の展開は日本でも報道されている通りです。同日の午前中には、ミャンマー全土に非常事態宣言が発令され、国軍が国家の全権を握りました。この一連の過程については、すでに多くの報道がありますし、私もいくつかの論考を書いていますので、是非そちらをご参照ください。

『ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相』(著:中西嘉宏/中公新書)

4ヵ月で、約70万人のロヒンギャが難民に

さて、『ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相』を上梓したのは1月半ばのことでした。あたりまえですが、今回の事件のタイミングに合わせたわけではありません。最終原稿を提出したのは昨年の10月でした。その後、校正の段階で11月に行われた選挙結果(NLDの大勝)について加筆しました。

この本のテーマは、2017年8月にミャンマー西部にあるラカイン州で発生した紛争と、ロヒンギャという集団の隣国バングラデシュへの大量流出です。国軍と武装勢力との衝突からわずか4ヵ月ほどで、約70万人のロヒンギャが難民として国境を越えました。以前からいた難民と合わせて、いまも、約100万人がバングラデシュのコックスバザールにある難民キャンプで暮らしています。

ビニールシートの屋根が続く難民キャンプ(2019年8月筆者撮影)

この危機の背景にある、ミャンマーの歴史とラカイン州での宗教紛争、そして危機発生の経緯、さらには、その後のジェノサイド疑惑をめぐる国際政治について、この本では検討しています。

ロヒンギャ問題という課題は難しい挑戦でした。関係者が、皆それぞれ異なる事実と正義を語るテーマだからです。いったいどう書くべきなのか常に迷いながら、手探りで執筆しました。執筆に苦労した分、発売前に手元に届いた見本を眺めたとき、ちゃんと出せてよかったなと安堵しました。たった1ヵ月くらい前のことですが、ずいぶん昔のことのように感じます。

刊行から約2週間後に、アウンサンスーチーの拘束と非常事態宣言の発令です。普段はあまり顧みられないミャンマーの情報に、みなさんの関心が集まりました。拙著を手に取ってくださった読者も多いと聞きます。それ自体はありがたいことなのですが、とはいっても、事態が事態だけに素直に喜べません。