「いちばん素敵なのは、タクシーの運転手さん。毎日いろんな人と交流があるから世間をよくご存じで、素晴らしい言葉をいっぱい持っているの。」

 

救われた言葉

私の妹はすごく元気できれいな子だったけれど、人間関係に苦しんで、神経性の難病で寝たきりのまま亡くなりました。彼女がもう臨終近いとき、絵の教室の生徒さんの一人が帰り際に私を追いかけてきて、「セツコ先生、大丈夫ですよ。妹さんはもうすぐ美しい世界に行きます。もう苦しまなくていい世界へ解放されるんです」と一所懸命に話してくれました。普段控えめな女性の、熱心な声と表情がとても心に響いて。私はそのとき本当に救われた思いがしました。

もちろん自分が悲しみから解放されたいという、エゴイスティックな気持ちも否定はできません。だけどもう、この先愛する人の苦しむ姿を見なくていいのだと思うだけで、少しは心が軽くならないかしら。「あちらの世界ではみんな笑っていてほしい」「私の悪口言ってもいいわよ」と想像しながら、私は今日もリストの名前に話しかけています。

話しかけるといえば、おばあさんになってからの私の趣味はインタビュー。知り合いに会うのは面倒くさいとか言ってるくせに、知らない人にどんどん話しかけるのは大好きだからおかしいわね。

いちばん素敵なのは、タクシーの運転手さん。毎日いろんな人と交流があるから世間をよくご存じで、素晴らしい言葉をいっぱい持っているの。

前に絵本作家の荒井良二先生がスウェーデン政府から大きな賞をいただいたとき、お祝いのパーティに行くためタクシーに乗りました。私が「賞金が3000万円なんですって」と金額を強調していたら、運転手さんが落ち着いた声で、「でも一人で頑張ったのは彼でしょう?」とぽつり。私、すっかり赤面しちゃって。

タクシーが暗い夜道に消えていくのを見送りながら、運転手さんもきっと孤独で厳しい世界を生きてるから、ああいう言葉が出たんだろうな。かっこいいなあって感動したものでした。