夫のために料理を作るなんて久しぶり

夫(55歳、会社員)と恋人感覚を取り戻しつつあるのは、美紀子さん(53歳、会社員、神奈川県在住)も同じだ。

「息子が大学生になり、サークル活動やバイトで帰宅が遅くなったのに伴い、私も夫もそれぞれ友達付き合いが増えていきました。週末はたいてい、別行動。『おはよう』しか言葉を交わさない日も少なくありませんでした」

以前は、子育てをめぐって些細なことで喧嘩をしたものの、最近はその“些細なこと”さえ皆無。「こんな状態なら、一緒に住む意味がないのでは?」。そんな疑問が芽生えはじめた頃、夫がDVDをレンタルし、「一緒に観ない?」と声をかけてきたという。結婚前は、デートといえば映画館で貪るように観たものだが、息子が生まれてからはアニメばかり。それも息子の成長につれて観なくなり、いつしか映画とは疎遠になっていた。

夫の不意の誘いが、美紀子さんの胸に生まれた疑問を察してのことかどうかはわからない。ただ、夫が借りてきたのは、独身時代に一緒に観た、懐かしいヒューマンドラマ。しかも、美紀子さんが毎日愛飲しているチリ産の赤ワインの手土産つきだった。夫は、グラスにワインを注ぐと、ひとつを美紀子さんに渡し、満面の笑みで乾杯を求めてきたとか。

「ワインで乾杯なんて、30代前半の結婚記念日以来のこと。最初は『なんで、こんなことに付き合わなくちゃいけないの?』とも思いましたが、懐かしいシーンの数々に、感動で涙、涙。夫なんて、鼻をかみまくりの大号泣でした。そういえば、夫は無類の感動屋さん。そういうところが彼に惹かれた最大のポイントだったのに、私ったらすっかり忘れていたんです。この一本のDVDがなければ、夫婦関係は崩壊の一途をたどっていたかもしれません」

懐かしい映画をきっかけに、思い出話にも花が咲く。話の途中でワインがなくなり、夫がスーパーでもう1本調達してきたそうだ。その間、美紀子さんは簡単なつまみを用意したという。

「話をしているうちに、夫の大好物がネギ入りの卵焼きだったってことも思い出して (笑)。息子のためでなく夫のために料理をしたのは、しばらくぶりだったなぁ……」

それからというもの、美紀子さん夫婦は月に1度、自宅での「映画デート」を楽しんでいる。昼間からワインを開け、それぞれが会社帰りに専門店で購入しておいた高級なチーズや生ハムを味わいながらの、ちょっぴりリッチで穏やかなひと時だ。