『空飛ぶ馬』北村薫・著/創元推理文庫

北村薫なりの「パンをくわえた女子高生」

今回紹介した場面。ひとつめのポイントは、「ドアを開けた相手は私にとって屈辱的な言葉を口にした」という一文。

だって主人公はあくびをして、それを見られただけなのだ。もちろんうら若き乙女が大きなあくびを見られたら恥ずかしいかもしれないけれど(そしてそれが初対面ならなおさら)。でも、それにしてもあくびを見られただけで「屈辱的」って、けっこう大げさな言い方だ。

だけどここは意図的に大げさな書き方をしたのだと思う。

なぜなら、ここで大げさに「屈辱的」っていうことで、まず主人公がわりと古風な女の子であることが分かる。そして物語のセオリーとして、古風な女の子の恥ずかしい場面に遭遇するのはきまって物語の重要人物であること、というルールがあるからだ。

そう、「パンをくわえた女子高生にぶつかるのはヒーロー」の法則である!

これ、北村薫なりの「パンをくわえた女子高生」場面の翻案なんですよ。わかりますか。普段はこんなことしない主人公が、恥ずかしい振る舞いをしていたときに、ちょうどぶつかった人物。「うわ、見られた!」そう恥ずかしがっていたら、その人と関わることになって……というのは物語のセオリーである。

しかしパンをくわえるのはちょっとベタすぎる。そこで北村薫が持ってきたのが、「あくびをしていた女子大生にぶつかるのは先生」というシチュエーション。