店を手伝っている76歳の住吉竹美さんは、「はっちゃんと一緒に働いていると元気が出るね」と言う。どうやら手伝いの人もお客さんも、はつゑさんからパワーをもらっているようだ。
はつゑさんは「やる気があれば、どんな苦労も我慢できる」と語るが、実際その人生は苦労の連続だった。3歳の時、渡良瀬川の氾濫で家が倒壊。終戦翌年、母親が32歳の若さで病死すると、父親は以前からの浮気相手だった女性を家に入れた。継母とうまくいかず、10歳で魚屋に奉公に出されるが、稼ぎはすべて父親にとられた。
17歳で、地場産業の機屋(はたや)で働き始めたが、父親が給料を前借りしたため、毎月小遣いの200円しか手にすることができなかった。その200円で映画を見るのが唯一の楽しみだったというはつゑさん。映画館で2歳上の田村昇三さんと出会って結婚し、3人の子どもを授かるが、夫の女性関係に悩まされた。
子育てをしながら内職、11時から午後2時までは工場でお茶出し、3時から8時までは魚屋で働き、日曜日は結婚式場でお運びのアルバイト。働きづめに働きながら、日曜の給料だけは自分のためにと、15年で300万円貯めた。