シェイクスピア全作品の新訳を達成した翻訳家・演劇評論家の松岡和子さん。これは日本では3人目、女性では初のこと。その道のりは、子育て、介護とともにあり、決して平坦ではなかったという。蜷川幸雄さんからの依頼に、「37作品をすべて訳し終えるまで死ねない」と怪我や病気にも細心の注意を払って過ごしてきた。何が偉業を支えたのか(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部)
とにかく全訳を終えるまでは……
シェイクスピアの戯曲37作品すべてを訳し終えたのは、2020年12月18日。2つのグラスにワインを注ぎ、19年に亡くなった夫の写真の前で「終わったよ!」と報告しました。
SNSでも訳了をツイートしたら、翻訳家の小田島恒志さんからメールが入り、「あの日は親父の誕生日です!」。その瞬間、鳥肌が立ちました。お父様の小田島雄志さんは、坪内逍遥に次いで日本で2番目にシェイクスピア全作品の翻訳をした方です。偶然、お誕生日だったとは! 小田島さんの後を継いだ実感がじわっと湧き、「シェイクスピアとの縁は運命だったんだ」と改めて思いました。
1作目となる『間違いの喜劇』を訳し終えたのは、51歳の時です。37作目を終えたのが78歳。気づいたら28年も経っていました。その間、何度「まだ死ねない」と思ったことか。特に、全作品を翻訳する機会を与えてくれた蜷川幸雄さんが16年に亡くなった後は、完走しないと蜷川さんと一緒にやってきた意味がなくなるとの思いから、「健康でいなければ」という意識を強くしました。
体調管理の基本は食生活です。夕食は、お肉の翌日はお魚、などできるだけ交互の献立に。塩分を控えめにするためには調味料としてお酢を使うのがいいと聞き、いろいろな野菜の酢漬けをたっぷり作り置きしています。
晩酌は小さめのグラスに1杯まで。ワインの日もあれば、チビ缶ビール、気分を変えてリモンチェッロのソーダ割とか。庭の梅の実で作った自家製梅酒のソーダ割をいただく日もあります。若い頃は完全な夜型でしたが、仕事はなるべく夜12時までには終えるように。夕食にお酒を飲んだ時は、食後30分くらい仮眠し、そのあと3時間ほど仕事をすることもあります。