平家のいちばんクズより、見おとりがする
『源平盛衰記』には、「容貌優美にして、進退優なり」という義経評もあった。1183年10月の記述が、そうなっている。しかし、このくだりはほめるいっぽうで、反対にくさしてもいた。「平家の中の選り屑といひし人にだにも及ばねば」(同前 第五巻 1991年)。義経にエレガンスはない。平家のいちばんクズより、見おとりがする、と。
『平治物語』に、出っ歯うんぬんという記述はない。それでも、父の源義朝を知るという陸奥の女から、義経はつげられた。「故左馬頭殿を、幼き目にも、よき男かなと見たてまつりしが、似悪くおはす」(角川ソフィア文庫 2016年)。自分はハンサムだったお前の父と、おさないころにあっている。だが、お前はその父親に似ていない、と。
そのすぐあとに、『平治物語』は、やや肯定的な義経評もおさめている。初対面の藤原秀衡からは、こう言われてもいたという。「見目よき冠者殿なれば」、と(同前)。
なお、『平治物語』には、義経の東国行きとかかわる記述をおさめないものもある。おそらく、古いテクストには収録されていなかったのだろう。あとになって、つけくわえられた部分だと考える。
しかし、その追加分も義経を圧倒的な美形としては、位置づけていない。ルックスでは並、よくても並の上ぐらいに、とらえている。『平家物語』や『源平盛衰記』などは、もっとランクを下げていた。色白だが出っ歯というのが、とおり相場になっている。なかでも、『平家物語』は、ひどい出っ歯だというのである。
あとで成立した『義経記』も、物語の後半にこれらをとりいれた。「色も白く向歯の反りたる」人相は、『平家物語』などを典拠としていたろう。
だが、同時に『義経記』は、義経を超越的な美少年にしたててもいた。あまりに美しいので、盗賊たちも女だと見あやまる。楊貴妃や李夫人に匹敵する美形の持ち主としても、登場させていたのである。