「記憶の扉を開いて、きちっと回想すると、自分自身でもわからない、絡まった糸がほぐれていく」(五木さん)

記憶の扉を開いて、回想する

五木 そのあと、久しぶりに母の夢を見ましてね。「ヒロちゃん、もういいよ」って声が聞こえた気がしたんです。それで一昨年、戦後初めて病院に行ってみたんです。でも医師からは、「経年劣化ですね。プールで体操でもなさったらいかがですか」と言われて終わりましたが。(笑)

佐藤 大事でなくてよかったです。

五木 この一件で、人間の行動にはそれなりの理由があるのかもしれないと、最近考えるようになりました。記憶の扉を開いて、きちっと回想すると、自分自身でもわからない、絡まった糸がほぐれていく。だから回想するというのは、単に昔の思い出に浸るというセンチメンタルなことではないんですね。生きていくうえで自分を振り返るというのは大事なことだと、今さらながらに思うようになりました。

佐藤 私の場合、振り返ると恥ずかしいことばかりですよ。(笑)

五木 それは、僕だってそうです。だから死ぬのはやっぱり怖い。過去の所業を考えると、まちがいなく地獄に行くわけだから。(笑)

佐藤 たいていの作家は普通の方より恥ずかしいことが多いんじゃないでしょうか。

五木 そう思います。人並みの業を背負っているくらいでは、小説なんか書いていられない。そこから抜け出すために、何か書いているということもありますしね。