不法侵入者にお湯をかけようと…

佐藤 私、最近になって思い出して、わかったことがあるんです。

五木 はい、なんでしょう?

佐藤 45年ほど前に、北海道の山の中腹を削って別荘を建てまして。後ろは山で前は牧場、馬がいるだけで人の姿なんかないわけです。そこに1人でいて、電話で編集者と話していたら、出刃包丁を下げた人が家に向かってくる。

五木 へえ。

佐藤 それで編集者に「今ね、出刃包丁を持った人が敷地に入ってきたから、これから戦わなきゃならない。30分ほどして私から電話がかからなかったら、やられたと思って、110番してちょうだい」と言ったら、「えぇっ! 先生、ふざけているんですか」と。かまわず電話を切って、何をしたかというと、家中の窓を全部閉めて鍵を下ろして、それから大きな鍋でお湯を沸かしたんです。

五木 鍋でお湯を?

佐藤 家の中に入ってきたら、お湯をぶっかけるつもりだったんですよ。(笑)

五木 いや、いや、すごい。

佐藤 お湯が沸きあがって窓から見たら、そやつ、家の後ろのほうに向かっている。今に裏窓をぶち割ってくるかと思って、鍋に手をかけて待っているんだけど、いっこうに来ない。それで風呂場の窓から外を見たんですよ。そうしたら、家の裏に北海道特有の大きな蕗がいっぱい生えていて、それを取りに来た近所のバアサンだった。

五木 蕗を切るために包丁を持っていたんだ。慌てて熱湯をかけなくてよかったですね。(笑)

佐藤 バカだなあと思うのは、私、逃げることを考えていないんですね。その時のことをつい最近、ひょいと思い出して気がついたんです。ああ、私は戦うことしか考えていないんだわって。

五木 佐藤さんは、戦う女なんですね、最初から。

佐藤 結局、戦うことが好きなんですね。昔から「変わっている」とよく人に言われましたが、自分では普通のつもりでいたんですよ。それが、この山荘の一件を思い出して、やっと気づいたんです、自分はおかしな人間だって。97になって初めてわかりました。

<後編につづく