母の死への呪縛が解けた気がした

五木 野口整体は民間療法のようでありながら、思想と科学と医学がちゃんと合致している。

佐藤 そうです。だから納得できるんです。私、前から五木さんのお書きになるのを読んで野口整体を勉強なさったのかな、と。

五木 「ゴホンといったら喜べ」「風邪と下痢は体の大掃除」とか、野口先生の名言がありますね。体がアンバランスになっているから風邪を引く。風邪をうまく引き終えると、それが戻るから、「ゴホンといったら喜べ」と。もし野口先生が今生きておられたら、新型コロナウイルスについて何をおっしゃったかと、ものすごく興味があります。

佐藤 野口先生は患者のために、命をかけて治療なさったそうですから。

五木 実は僕も一昨年、戦後初めて七十何年ぶりで病院に行きました。

佐藤 あら、ずっと健康でいらしたんですね。

五木 いや、肺気腫とか偏頭痛とか、いろいろありましたけど、どういうわけか病院に行く気にならない。死んだら死んだでかまわないという覚悟でいたんです。ですから健康診断も一度も受けていませんでした。

佐藤 私もあまりお医者にはかからないできました。健康診断もずっと受けていなかったですね。

五木 じつは一昨年、左足が痛くなり歩くのが不自由になって。(長年病院に行きたくなかったのが)自分でもなぜかわからなかったんですけど、ある時、ふっと思い出したことがある。

僕は敗戦当時、父の仕事の関係で、家族で今の北朝鮮の平壌にいたのです。そこから引き揚げまでの間に、われわれ難民の間で発疹チフスのクラスターが発生して、母は敗戦後1ヵ月経った頃に亡くなりました。その時、薬一服、注射一本することもできず、見殺しにせざるをえなかったんですね。

そのことを考えると、自分がおめおめ治療など受けられるのか。心の奥にそういうこだわり、罪の意識があるのではないかとある人に言われ、その瞬間、ふっと呪縛が解けた気がしました。

佐藤 それで70年以上ですか。長かったですねえ。