「私は音楽という開拓をしにきた入植者」

何だって母はこんな大きな家を建てたんだろうと漏らすと、「侮られたくなかったから」と妹がぼそりと答えた。「母子家庭だろうと、音楽という生業であろうと、子育てをしながらこれだけの家を女手ひとつでも建てられるんだってことを主張したかったんじゃないの」。

将来の夢はお嫁さんと答える女の子たちがまだ普通だったあの時代、確かに親の反対を押し切って北海道くんだりまでやってきた母の意固地と勝ち気が、その家の大きさと比例しているのはよくわかる。

とはいえ、母がそこへ戻ってきて以前までのような暮らしを再開できる見込みはほとんどない。だったら、ここはもう取り壊してしまってマンションにでも移ったら、という提案を妹に何度もしてみたが、そうだねと答える割には行動に移そうとする気配はない。

若い頃からノマドのような生き方をしてきた私は、特定の場所に執着するのが苦手だし、断捨離も得意だが、その家に関しては確かに移住者である母にとって人生の拠(よりどころ)だったのだと思うと、妹の決意が鈍るのもよくわかる。

「私は音楽という開拓をしにきた入植者」と自称しながら北海道の地を全身全霊で受け止めていた母が、汗みずくになって整えていた芝生も今では雑草だらけだが、それでも彼女が植えた薔薇は今年も満開だったと教えてくれた妹の顔は嬉しそうだった。