横尾忠則さん(撮影:木村直軌)
世界的に活躍している美術家、横尾忠則さん。今年は、集大成となる大規模な個展も開催された。幼少の頃の絵の思い出から最新の創作活動まで、芸術と向き合い続ける心境を語ってくれた(構成=篠藤ゆり 撮影=木村直軌)

70歳の時に「隠居宣言」をしたけれど

僕は早起きで、今日も朝5時に起きて、8時頃アトリエに来ました。毎日、ほぼ1日中、アトリエで過ごしています。終日、絵を描くこともあるけれど、ほとんどは描きかけの絵に囲まれて、なんとなくぼんやりしています。言葉や概念を頭にぎゅうぎゅうに詰め込むタイプの人もいていいんですが、僕の場合、創作するためには頭をからっぽにすることが不可欠です。

70歳の時に「隠居宣言」をしましたが、これからはやりたいことをやり、嫌なことはしないという、自分に対する宣言でした。おかげで時間を有効に使えるようになったけど、やりたいことが多いので結果的に忙しくなった(笑)。でも、趣味で忙しいので嫌だという気持ちはありません。

6、7年前から難聴になり、だんだん悪くなっているので、今ではほとんど耳が聞こえません。目もよく見えないんです。でも肉体的ハンディを自然体にすればまったく問題ないです。

瀬戸内寂聴さんが「耳が聞こえなくなったら作品が変わるわよ」というから、「ベートーヴェンじゃあるまいし、そんなバカなことはない」と言っていたんです。ところが実際、絵が変わっていきました。

聞こえないと、言葉が曖昧になり、アウトラインがぼやけてくる。世界全体が朦朧としてくるんです。横山大観の作品のなかに「朦朧体」という技法があるけれど、あれは頭で考えたもの。でも僕の場合は「肉体がやらせてくれる朦朧体」だから、線が自然にぼやける(笑)。それが楽しいというか、自分の作風を根底から変えてくれました。