アパートの部屋もひどい。地下室のため、暗くて、蜘蛛の巣が張り巡らされている。どうやら前の入居者が夜逃げしたらしい。部屋の中は、食器やら洗濯機やらがそのままの状態だ。冷蔵庫には腐った食材が入っている。こんな部屋をなぜ借りたのだろう。父は潔癖症と言っていいほどきれい好きなはずなのに。人はこんなにも変わるものなのか……。
ニタニタ顔の父が言った「あんたたち、誰?」
母、弟、私の3人が交互に父の住むアパートへ通いだしてから2、3ヵ月経ったある日。私たちは強い衝撃を受けた。父は「あんたたち、誰?」と言ったのだ。それも、不気味なニタニタとした顔で……。父が怖くなった瞬間だった。
その後も父の奇行はエスカレート。家には一銭もお金を入れないくせに、夜の街を遊びまわっては、いろんなお店でお金をばらまく。店にとっては最高の客である。時には母を呼び出し、どれだけ自分が人気者なのかを延々と語ったらしい。
そして、とうとう最悪の事態が起こった。父があちこちで交通事故を起こし始めたのである。駐車場に停まった他人の車に傷をつけたり、電柱にぶつかったり、交差点で前の車に追突したり……。わが家は警察に父を引き取りに行くことが日課になっていた。
こんな苦しい状況にあると、これまで親しかった人が逃げて行く。父のきょうだい、友人、知人たち……。私たちがこの悲惨な状況を説明しようと電話をしても、話の途中で切られてしまう。人間ってそんなものか、と悲しくなった。