イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「野暮という言葉の意味」。初夏の英国は午後10時まで明るい。ロックダウンが終わりよその家庭の人々と交流する機会が増えてきたーー。(絵=平松麻)

斜め向かいの家の老夫婦が

ロックダウンが終わって気分が明るくなると、一気に日まで長くなった。英国は、冬になると午後4時ぐらいから暗くなるが、初夏は午後10時近くまで明るい。こんなふうにいつまでも明るい季節になってくると、近所でも夜の日光浴を楽しむ人たちが増えてくる。

夕食の後で庭に出て、芝生の上にタオルを敷いて寝転んだり、椅子を出してビールやワインを飲みながら談笑したりして日が暮れるまでの時間を戸外で過ごすのである。ロックダウン中はよその家庭の人々と交流することを許されていなかったので、近所の家の庭に人が出てくると「あら、お久しぶり」「元気だった?」などと言いながら道路を渡ったり、垣根越しに近づいて行ったりして、あちこちで雑談が始まる。

かくいうわたしも、斜め向かいの家の老夫婦が仲良く前庭に折り畳み椅子を並べて座っているのを見て、挨拶をしに行った。ここの家のおじいちゃんはフランスに住む娘のところに遊びに行っていたときにロックダウンが始まり、しばらく帰って来ることができなかった。体の弱いおばあちゃんが家に一人きりになってしまうというので、フランスからうちに電話がかかってきて事情を告げられ、しばらくスーパーで食料品や牛乳を買って届けていたことがある。

玄関ドアをノックしてポーチの上に食料品のビニール袋を置き、急いで2メートルほど離れた場所に下がると、いつもおばあちゃんが不安そうにドアを半開きにして出てきた。