橋には、人斬りの少年がたっていた
第二段では、その牛若が「薄衣(うすぎぬ)を引きかつぎ」、つまり女装をして舞台にあらわれる。そして、モノローグを披露する。「母の仰せの重ければ。明けなば寺へ登るべし」、と(同前)。
母の常盤は、牛若の悪逆非道な振舞いを、きびしくたしなめた。しかられた牛若は、夜があければ寺へもどろう、人斬りもやめようと決意する。作者は、その経緯も独白で観客へしらせていた。
ただし、その晩は、まだ鞍馬へかえらない。人斬りは今夜を最後にしよう。牛若は自らにそう言い聞かせ、五条橋へむかっていく。「今宵ばかりの名残(なごり)なれば」と、人斬りへおもむく心境も、独白でつげている(同前)。母のいさめがなければ、もっとつづけたい。そんな欲望もいだくぶっそうな少年に、この能で牛若はなっていた。
さて、弁慶は従者から人斬りの評判を聞いている。そして、興味をもった。また、自分の手で退治をしてやろうとも思いたつ。そのうえで、夜ふけに五条橋へでかけている。
橋には、人斬りの少年がたっていた。だが、弁慶の目には男児とうつらない。「見れば女の姿なり」とうけとめた。そして、とおりすぎようとする。そんな弁慶に、「かれをなぶつてみん」とする牛若のほうから、手をだした(同前)。橋上の剣劇は、こうしてはじまったのである。
やりあううちに、弁慶は自分の薙刀をはたきおとされた。深手こそおわなかったが、敗北をみとめている。また、自分をうちまかした相手が、源氏の御曹子であることも知らされた。けっきょく、弁慶は牛若の家来となる。そのあと、ラストシーンへは、こうつづく。
「今より後は。主従ぞと。契約堅く申しつつ。薄衣被(かづ)かせ奉り弁慶も長刀(なぎなた)打ちかついで。九条の御所へぞ参りける」(同前)。女装用の薄衣を、牛若はたたかいの前に、ぬいでいた。弁慶はそれをうやうやしく、もういちど牛若の頭にかぶせている。そうして、牛若の館である「九条の御所」へと、ふたりはむかうのである。