今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『高原英理 恐怖譚集成』(高原英理著/図書刊行会)。評者は詩人の川口晴美さんです。
不条理と謎と恐怖のなかで
心身ともに疲れ果てたとき、どうしてかわからないけれど私は怖い話を貪り読んでしまう(みなさんはそんなときどんな本を求めますか?)。
日常では思考の頼りにも助けにもしている現実的な理屈や因果を無効にするほどの悲惨、戦慄して立ちすくみながら魅入られる血みどろ。そんな物語にいっとき心身を浸すことでしか生命力を回復できないことも、あるのだと思う。
高原英理の紡ぎ出す恐怖は蕩けるように極上だ。過去作からホラー小説のほぼすべてを収録した本書は、黒々と豪奢な佇まいが美しい闇を思わせる。
幕開けとなる「町の底」の書き出しの一行は〈あとふたつ曲がったところと聞いている。顔が半分という。〉……この語り、言葉の手触りがもう怖い。曲がった、とは道のことだろうけどそうじゃないかもしれないし、顔が半分ってどういうことなのか。
そんなふうに、十二篇のどこから読んでも精緻な言葉の連なりに連れ去られ、いつのまにか夕暮れの翳りを帯びた道の果てで圧倒的な惨劇に立ち合うことになる。その瞬間、言葉でたどってきたはずの語り手の記憶や心理がふいに信用ならざるものへと瓦解する気配が漂うのも恐ろしい。
また、奇怪な状況にロマンティックな要素が入り込む三篇は独特なおもしろさで、恋愛というものの常軌を逸した心理はそもそも恐怖譚に近いのかと気付かされた。なかでもゾンビと化した恋人と夜の散歩に出かける「グレー・グレー」は可愛らしくも切なくて、愛や死が通常の意味合いを踏み越えた先へイメージが広がっていく。
現実の私たちも、不条理と謎と恐怖のなかをさまよい生きているようなものかもしれない。胸の内にこだまする悲鳴は物語や文学の言葉がときに受けとめてくれる。