「この人はいずれこの国を出ていくのだろう」

あるとき彼女は、ため息をついてこう言った。

「私は仕事のスタッフを決めるときに、ただの一人も適当な人間を加えたくない。ダメな人が一人いると、そこから仕事はくずれていくから」
「一騎当千の腕の立つメンバーだけを揃えるわけか。精鋭主義だな」

「アメリカで仕事するとね、朝、スタジオに私が顔を出すと全員がビシッと準備をすませて待ちかまえているんだ。すごくキャリアのある大ベテランのカメラマンも、エイコ、これでどうだろう、自分はこう考えてるんだが、きみのコンセプトに合ってるだろうか、と、ものすごく真剣にきいてくる。年齢とか、キャリアとか、知名度とかは関係ない。アジアからきた小娘だろうがなんだろうが、この人がチーフ・デザイナーだとなると、何十人のスタッフが息をのんで私の表情をうかがい、手足のように動くんだ。一人として適当なやつはいない。仕事ってそういうもんじゃない? で、仕事が終ると、全員がリラックスして冗談を言いあったりする。もう、快感!」

「ぼくは少し考えがちがう」

と、そのとき私は言った。

「十人のうち九人までは、仕事のできる奴をスタッフに選ぶほうがいいんじゃないのかな。あとの一人は適当な奴を入れる」
「なぜ?」

「うまく言えないけど、そう感じるんだよ」
「わからない」

この人はいずれこの国を出ていくのだろう、と私は思っていた。