自らの携帯番号を公表し、自殺願望を持つ人の相談にのる「いのっちの電話」を2012年から続けてきた作家で建築家の坂口恭平さん。のべ2万人以上の電話を受けた坂口さんですが、コロナ禍の中で相談件数はより増えていたそう。しかし坂口さん自身、躁鬱病(双極性障害ii型)と診断を受け、躁状態と長い鬱状態を何度も繰り返す状況にあったため、友人で精神科医の斎藤環さんはかなり心配をしていたそうです。一度は安定したように見えても、再発を繰り返してしまうという双極性障害を抱え、どのように坂口さんは負荷の大きな活動を続けてきたのでしょうか。二人の往復書簡から見えてきたものとは――。
坂口恭平という友人について
〈斎藤環さんから坂口恭平さんへ〉
坂口恭平さんは、私が心から尊敬する若い友人の一人です。
身も蓋もなく開示している通り、私はかなり自己愛的な人間なので、「尊敬」という言葉を出し惜しみしがちなのですが、恭平さんについてはためらわずこの言葉が使えます。私には彼のような生き方はとても真似ができない、というのがその最大の理由です。
恭平さんの名前は彼のデビュー当時から知っていました。震災後の支援活動はあちこちで話題になっていましたし、初期のベストセラー『独立国家のつくりかた』も面白かった。
しかしなにより『現実脱出論』(講談社現代新書)で度肝を抜かれました。
思考とは考える行為ではなく、人間が内側に形成した「思考の巣」であり「現実と対置された空間」である。創造行為とは、個人それぞれの「思考という巣」どうしを、現実という意思疎通のための舞台の上でつなぐことを意味するというのです。こんな形で創造や表現の意義が明確化されたことに、本当に驚かされました。
私は一貫して恭平さんの活動には敬意を抱いていましたが、その一方で、精神科医としてかなり懸念もしていました。