双極性障害を自己治癒で克服しつつあった坂口さん

恭平さんが抱えていた双極性障害は、一般に治しにくい疾患で、そこそこの寛解状態には持ち込めても、きれいに治すことはとても難しい。しばらく安定したように見えても、どうしても再発を繰り返してしまうのです。

『いのっちの手紙』(著:斎藤環、坂口恭平/中央公論新社)

当時の恭平さんは、時折襲ってくるうつ状態をまだ十分に克服できておらず、そのつどずいぶん苦しんでいたように記憶します。だから生産性が高まっている状態を見ても「これは一時の軽躁状態で、いずれうつ期がやってくるだろう」と予測せずにはいられませんでした。

そんな状況下で携帯番号を公開し「死にたい」と思う人の相談にのる「いのっちの電話」のような、負荷の大きそうな活動を続けているのも気がかりでした。

しかし2020年を境に、恭平さんの活動は大きく変化します。特に「畑」と「パステル画」の存在が大きかったようです。『自分の薬をつくる』(晶文社)を書評のために読んで驚きました。恭平さんはもうとっくに通院治療も薬もやめていて、一年以上も再発していない、というのですから。

生活の「しおり」や「企画書」を作り、アウトプットを増やし、自分の「声」を薬にする、という発想はいずれも斬新で実用性もある。しかし何より、恭平さんがこうした自己治療の努力によって双極性障害を克服しつつあるという事実に、精神科医として強い感銘を受けました。